死は異界への扉……陰陽師が見た「死」と「生」の循環

死は異界への扉……陰陽師が見た「死」と「生」の循環
 
人は肉体の生命活動を終えて「死」を迎えると、個の形を失って自然の循環に帰還します。
かつて土葬が一般的だった時代には、実感としてその流れを誰もが理解していたことでしょう。
 
しかし、現代では葬送の形が変わり、衛生観念の浸透とともに土葬方式を続ける自治体は減っていきました。
いまだに島嶼(とうしょ)部などでは基本的に土葬だという地域もあるようですが、首都圏をはじめ都市部の自治体では、実質的に土葬は禁止されているのです。
 
荼毘に付した死者は骨壺に収められます。散骨という葬送の方式もありますが、手続きや費用などが高額になるのでやはりお墓に納骨する方が大多数です。
骨壺と墓石によって切り取られた「死」には循環のイメージはありません。
世界を見渡してみればそれは明らかです。世界のトップを走る国、アメリカですら火葬率はおよそ3分の1に留まるのですから。
 

目に見えるものだけがすべてではない

日本人は「人」を構成する要素を肉体だけだとは考えませんでした。
肉体と精神、あるいは肉体と魂が合わさってひとつの存在を形作り、「死」によって肉体が失われれば常世に旅立ち、循環に帰するとしたのです。
 
仏教では「輪廻転生」という思想があります。
陰陽師の用いる陰陽道の見地からするとこれは五行の中央が象徴する「中宇」に相当する論理でしょう。
古代、日本に流入した陰陽五行思想は、地勢や土着的な思想と融合する過程で、時間や空間のすべてを貫く「穴」を形成しました。
 
五行において中央は土気。四季にも方位にも割り当てがない代わりに、すべての季節、すべての方位に隣接する位相にあります。
死を経た人はこの中央にこもる。それが「墓」の役割であって、墓への埋葬そのものが次の生への循環を促す手段なのです。
 

祭祀に見られる「こもり」の意味とは

祭祀に見られる「こもり」の意味とは
 
日本の神代を語る史記、古事記には神々のエピソードが記載されています。
国生みの歴史から分かるように、神々は頻繁に岩屋や洞穴、地下で「こもり」を行い、その後新たな御柱を生み出してきました。
 
現代に引き継がれる祭祀の中にもその工程が残されているケースが少なくありません。
ご神域や穴倉など、常ならぬ空間にこもって人目から身を隠し、次にそこから出た時には新たな存在になっているというわけです。
 
「お胎内巡り」の例が分かりやすいでしょう。
暗闇、地下、母の胎内、洞穴、くぼ地などに人々は共通点を見出し、儀式に採用してきたのです。
墓は母の胎内であり、また、東から来て中空に隠れ、その後西に旅立つ命のよりどころでもあります。
 
東から日が昇り、西に沈んでいく日本では、生者は東から生まれ、西に去るものでした。
西方浄土と言われるように死者の国は西にあり、そこへ旅立つためには「こもり」が必要なのです。
 
中央の「穴」は静寂、静止、始まりと終わりの象徴でありながら、四季、四気の循環を促す土気の意味もあります。
命は中央で生と死に帰結するのですが、始まりと終わりが同じ位相にあることが、死を新たなスタートと捉える根拠です。
死者は同一の形でよみがえることはありません。
しかし、陰陽師からしてみればやはり死は新たな始まりに過ぎないのです。
 
生者は死を恐れるものです。
しかし、終わりなき循環の流れをつなぐ旅立ちなのだと考えれば、恐れを抱く心の慰めになるのではないでしょうか。
始まりの起点と終着点に適した場所は人それぞれです。
旅立ちに適した場所を知りたい方は、ぜひ陰陽師にご相談ください。
方位占いでお役に立ちます。