異常気象と闘ってきた陰陽師と陰陽五行思想

異常気象と闘ってきた陰陽師と陰陽五行思想

 
天気予報などの情報番組で世を騒がせる「異常気象」は、時間の尺度を広げて観察すれば実は異常でなく自然な現象であるという説があります。
というのも、現在の定義では過去25年ないし30年の間に見られなかった気象現象を「異常気象」としていますが、地球の誕生を起点とした長い目で見れば地上が氷に閉ざされた氷河期についても、決して不自然ではないからです。
世界に「春夏秋冬」の四季が巡るようになったのは地球の歴史から見ればごくごく最近のことであって、人間の常識で測れば異常気象である「冷夏」「暖冬」ですら「起こり得る事象」に過ぎないと考えられます。
 

人間の尺度と、人間が存在する世界、つまりは万物の尺度は同じではありません。
だからこそ、農耕文化黎明期の日本では陰陽五行という自然科学を用いて暦を計算し、自然の動きを先読みしようと必死だったのでしょう。
播種の時期。苗を植える時期。タイミングを読み間違えることは収穫期以降の飢えに直結しました。
寒春、暖春、冷夏、猛暑、寒秋、暖秋、寒冬、暖冬、熱波、寒波、旱魃、洪水、寡照、日照り。
 

農耕の大地から空を見上げれば、穏やかな四季の巡りを崩すあらゆるものが「異常気象」に該当しました。
死を遠ざけるために、ただただ命を翌年につなぐために陰陽師が執り行った古い祭祀の記録が残っています。
 


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西暦691年の異常気象、正体は「台風」だった

史記に残る西暦691年、持統天皇の5年に起こった異常気象は非常に過酷なものだったそうです。
ある意味日本で最も有名な女帝、持統天皇の治世は気象に恵まれたとはとても言えないでしょう。
特にこの年は長雨から続く冷夏、さらに台風が追い打ちをかけて甚大な被害をもたらしたのだとか。
その危機に際して持統天皇に重用されていた陰陽師が行った祭祀は果断なものとして陰陽道の歴史に残っています。
 

というのも、奉幣をささげた先は木気の神々が宿る竜田風神と諏訪神の2柱でしたが、祭祀の日取りは月と太陽が西に位置する金気月、金気日のタイミングでした。
風は木気。つまり木気の神を折伏する祭祀によって陰陽師が天候を鎮めようとしたわけです。
さらに言えばその日、持統5年8月23日は天干と地支も金気の巡りでした。
例年通りの4月、7月に実施された「風祝」に続いた祭りは多くの謎を秘めながらもこのように読み解かれています。
 

陰陽五行思想は異常気象をも占う

陰陽五行思想は異常気象をも占う
 

現代でこそ陰陽五行思想は誰もが自由に研究できる分野になりましたが、かつては国家機密として秘匿される学術領域でした。
修めた人間は特殊技能の持ち主、つまり陰陽師として宮仕えの道も開けました。
しかし、陰陽五行思想はあくまで自然を反映して生まれた科学です。
思想や特別な星の読み方、陰陽師が扱う呪術の方程式を知らなくとも、その年の気象を占うことはまったくの不可能ではありません。
現実を反映して積み上げられたものであるなら、自らの体験をもとに先読みできるはずだからです。
もちろん万全とはいかないでしょう。
 

しかし、例年よりも台風が発生するタイミングが遅ければ水不足の恐れがあり、夏が酷暑であれば秋の深まりも遅く、そのまま暖冬に突入する。
あるいは異常に寒い冬が来るかもしれないなど、五感で空気と水、太陽と月の流れを観測すればこその勘が働くはずなのです。
現代でも農耕に生きる古老には驚くほど精度の高い気象読みをする方がいます。
万物に対するそうした鋭い感受性を反映した陰陽五行を正しく運用すれば、今後の世界にどのような異常気象が起こるのか、そしてその結果人類がどのような危機を迎えるのか占うことも可能になります。
農業に関わる方、旅行で自然環境に身を置く予定がある方は、こうした先読みが必要になるかもしれませんね。